古のヲタクという名称はルッキズムではないのか?

アニメとラジオが大好きな40代男子の独り言

西武ライオンズ球団史~埼玉西武として再出発~

堤義明なき西武HDの代表にはみずほ銀行から後藤高志氏が就任した

1999年に公開した映画で役所広司氏が演じた主役のモデルと言われている

サーベラスに対抗するべくメインバンクからトップを引っ張ってくるのは常套手段

株式上場を廃止し文字通り西武HDの立て直しを図ることになる

隙あれば球団売却を突きつけられる厳しい監視にさらされての経営は緊縮一辺倒

これがFA移籍を加速させる結果となった

2005年オフはブルペンの大黒柱だった森慎二豊田清が揃って退団

2006年は松坂大輔がポスティングでボストンへ

2007年は主力打者のカブレラ和田一浩が退団と毎年主力が移籍する苦しい状況に追い込まれた

堤義明の贔屓だった伊東勤は次第にフロントと対立

2007年に26年ぶりのBクラス転落で引責辞任したが

フロントからセレモニーが用意されず自ら花束を買ってホークスの王監督に渡してもらっていた

2008年渡辺久信が監督に就任

黄金期を知る黒江透修をヘッドコーチに迎え

打撃コーチにはジャイアンツに移籍してから16年ぶりに大久保博元を招聘

開幕から打線が打ちまくりそのままリーグ優勝を成し遂げる

シリーズでもジャイアンツとの対決で2勝3敗から敵地で連勝し逆転日本一

最多安打を分け合った片岡易之栗山巧

不動の3番で攻守に活躍した中島裕之

この年二冠王で頭角を現した中村剛也と二十代中盤が主力の打線

日本一になった直後は黄金時代再来を言う人も多かった

翌2009年からチーム名を「埼玉西武ライオンズ」に改称

これまでのダーティーなイメージを払拭すべくライオンズ憲章なるものまで作って

サーベラスにクリーンなアピールをしていた

しかし黒江透修が退団した事とグラマンの故障が響きBクラス

その後も強力打線の裏腹にブルペン陣の不調が目につき

2010年、2012年、2013年と2位に終わる

2014年伊原春樹が2度目の監督就任

まるで測ったかの様に涌井秀章片岡易之がFA移籍

最高出塁率をマークしていたエステバン・ヘルマンもバファローズへ移籍した

チームは低迷し伊原は6月に解雇という名の休養で表舞台から消え

代役に田辺徳雄が継いだ

しかしボーッとスコアボードを眺めては

テンプレ采配しかできない雇われママではチームは浮上できず

在任した3年間すべてBクラスに沈む

2017年辻発彦をドラゴンズから呼び寄せ監督に就任

この年にサーベラスが持ち株をすべて売却した事により西武HDは独立

株式再上場を果たし、さらにはホームタウン所沢に180億かけて再開発を行うことを発表した

そして2018年からチームはパリーグ連覇

もちろんこの間にも主力が放出しており

岸孝之牧田和久菊池雄星、浅村栄斗、炭谷銀仁朗

これだけ抜けているにもかかわらずチームは優勝した

今年、秋山翔吾がメジャーへ移籍してチームは苦しい状況である

しかし必ずや28年ぶりのリーグ3連覇

そして12年ぶりの日本一を掴み取ってくれるだろう

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